高円寺の観光スポット 闇市から生まれた商店街から路地裏までディープな街歩き

拠点市街地

阿波踊りと古着屋で有名な高円寺ですが、高円寺駅の周辺には、戦前から営業している店が連なる商店街や、路地裏の飲み屋街など、昭和レトロな風景が広がっています。

この記事では、高円寺の商店街や未開発の路地裏など、高円寺のディープな観光スポットをご紹介します。

高円寺駅

JR中央線、総武線、東京メトロ東西線が乗り入れている高円寺駅。

JR高円寺駅の1日の乗降客数は80,000人(令和4年)で、中央線の駅の中では市ヶ谷駅に次いで第20位です。

高円寺駅は昭和39年に高架化されたのですが、その後は小規模な改修工事が何度か行われている程度ですので、駅舎の古さは否めません。

駅構内にはJR東日本が運営している商業施設「Dila」があるだけで、駅ビルやショッピングモールはありません。

高円寺駅北口

高円寺駅北口には、戦後の闇市が起源になっている路地や、バラックの建物が残る商店街が広がっています。

高円寺は元々、郊外の農村でしたが、大正12年に起きた関東大震災によって、都心からたくさんの人たちが高円寺に転入し、爆発的に人口が増えました。

その転入者を相手に、食料品や日用品を販売する個人商店が集まってきたことで、高円寺には闇市や商店街が形成されていきました。

再開発

老朽化した建物が密集している北口の路地は、防災や防犯の観点から60年代と80年代の二回にわたって、区画整理事業が計画されましたが、いずれも住民の反発によって凍結されました。

2022年も高円寺駅北口の再開発が計画されたのですが、再開発反対パレードが行われ延期が決定しています。

高円寺銀座商店街

高円寺に暮らしていた作家のねじめ正一が、平成4年に発表した小説の名前から、別名を純情商店街と呼ばれている高円寺銀座商店街。

スーパーやコンビニなどチェーン店が多く、老舗や個人商店は少ないです。

高円寺銀座商店街は、防災機能の強化と道路のネットワークを拡充する再開発が行われる予定だったのですが、住民の反対によって、2025年度以降まで計画は延期されることになりました。

北口駅前広場

バスロータリーがあるだけの閑散とした北口駅前。

戦後の戦災復興計画に基づいて、駅の周辺は大規模な再開発が行われる予定でしたが、住民の反対によって、北口は駅前広場を整備しただけにとどまりました。

高円寺ストリート

ガード下の飲み屋街、高円寺ストリート。

居酒屋、古本屋、アジアン雑貨店などが建ち並ぶこのストリートは、昭和の雰囲気が残る商店街です。

昼間は閑散としていますが、飲み屋の店先に赤ちょうちんが灯る夜はとても賑わいます。

ガード下の飲み屋さんは夕方からの営業ですが、路面店は昼間から営業していますので昼呑みも楽しめます。

高円寺ストリートの飲み屋は若者から高齢者、そして女性など幅広い人たちが利用しています。

高円寺駅南口

アーケードが特徴的なパル商店街や、古着屋が建ち並ぶルック商店街。

そして、閑静な住宅街が広がる駅の南側は、再開発への反対の声が少なかったため、北口に先駆けてすでに区画整理が行われたエリアもあります。

高円寺パル

毎年8月に開催される高円寺阿波踊りのスタート地点になっている高円寺パルは、南口で最も大きな商店街です。

ルック商店街

古着屋が多い高円寺ですが、特にルック商店街とその周辺に古着屋が集中しています。

2000年代にはルック商店街には200店舗の古着屋があったそうですが、今では若者の来店客が減り、生き残っている古着屋は老舗や有名店だけになってしまいました。

ルック商店街の東側には、飲食店が軒を連ねている路地があります。

ルック商店街の周辺は、昭和から平成にかけてスナックや風俗店が建ち並ぶ繁華街でした。

高円寺の名所

高円寺氷川神社

日本で唯一の気象神社として有名な高円寺氷川神社。

気象神社とは戦時中、作戦に影響を及ぼす気象予報について、観測を担当していた予報士が、予報の的中を願って祈願していた神社のことです。

気象神社は昭和23年に、高円寺の北側にあった陸軍気象部の構内から、この氷川神社に移設されました。

高圓寺

高円寺の地名の由来になった高圓寺は、徳川三代目将軍の徳川家光が、鷹狩りの時に利用していた由緒あるお寺です。

境内は撮影が禁止されていますが、境内へ入ることはできます。